ホーム頁トップ  profile 真我瞑想法スートラ
目  次
 般若心経 完全マスター 
バイブル  目 次
サポーター会員募集・特典など  donation
御喜捨のお願い
 般若宗の11特長リスト / 「安全な宗教」宣言 / 宗教真理アカデミー / 既刊本一覧  / News /  Link   掲示板(BBS)/会議室  メルマガ  / 空王寺アクセス
般若宗の特長その2

12の安全原則を守り抜く ≪安全な宗教≫宣言

▼ 安全な宗教のための 12の原則 

 般若宗は、叡智のヨガを普及させることを目的にした団体であり、宗教法人を目指している組織です。
 一般の方々に 
安心して健全な霊性修行をして頂くための、カルトに陥らないバランスの取り方について、豊富な情報を提供して行く事、それもできるだけ無料またはそれに近い安価で 提供して行く社会奉仕を目的にしています。
 ですから、カルト宗教のように−−−
≪多くの信者の生活を破壊して破滅に追い込むような危険≫−−−がわずかたりとも無いように、安心・安全な宗教のための原則を立てています。
        【 安全な宗教のための 12の原則 】

1.入会・脱退の自由を完全に保証すること
2.中道主義(過不足や極端を嫌う中庸主義)を貫いていること
3.教義の完全公開制度を採用し、秘密教義を持たないこと
4.情報操作や洗脳作業をしないこと
5.金儲け主義の否定。個人から過剰な献金を受けないこと
6.特定の人物を無条件に礼拝しないこと
7.特定の書物を聖典として無条件に信じ込みことをしないこと
8.他教団・他宗派との「かけもち」を禁止しないで許可すること
9.信者の獲得を主要な目的にしないで、真理の普及を目的にすること
10.国の憲法・法律を誠実に遵守すること
11.宗教思想危険度チェックの十四項目をクリアーする体制であること
12.安全な交流契約を関係者と締結して、違反の罰則も定めていること

以上の項目を満たしているならば、 「その宗教団体の安全性はトリプルA」 と言えましょう。
  


−−−−以下、順番に説明致します。

まず、次に挙げる 
≪5つの原則≫ を公に表明してそれを厳格に守る宗教・宗派は、かなりの程度、安全・安心と言えるでしょう。

1.入会・脱退の自由を完全に保証する

 恐ろしい宗教教団は、詐欺まがいの口上で、言葉巧みに人々を入信させ、いったん入信したら、脱会するのが大変です。脱会しないように様々な手段を講じてくるからです。脱会するのに物凄くエネルギーを消耗し、精神的にもボロボロになるケースもあります。
 その点、般若宗は、単純明快です。月200円の会費を支払っているうちは信徒会員ですが、月200円の会費を支払わなくなれば、自動的に脱会扱いになります。たったこれだけですから、安心・安全です。 般若宗は「去る者は追わず」の主義ですから、脱会しないような妨害工作も一切ありません。安心して頂いて結構です。

2.中道主義を貫く

 般若宗は「中道第一主義」を掲げています。中道についての詳細は、般若宗の特長その5「中道第一主義」を御覧下さい。
 中道とは、簡単に言えば−−−≪何事もほどほどが良い、過不足(過剰と不足)は何れも罪≫−−−という考え方です。
 ですから、「無理・無茶」を「罪悪」として嫌い、忌避します。「極端なことは、何事であれ良くない」と判断しますし、「無理や無茶は止めるように」と指導します。
 ですから、常軌を逸した極端な教えは一つもありません。
 従って、信者の生活が破壊されたり、破綻したりする危険も有りません。安心して頂いて結構です。
 また、万が一、「これは極端な教えではないか」というようなものがあれば、その疑問をぶつけて、異議申し立てをして頂ければ良いと思います。その異議に対する般若宗の解答に納得行かなければ、即座に脱会すれば良いでしょう。
 そういうわけで、ここでも信者の安全が確保されています。

3.教義を完全に公開し、秘密教義は持たない

 秘密協議を持つ教団は、公開している教義を秘密教義の部分で否定していたりすることがあります。これでは、何でも許されることになってしまい、知らぬ間に、危険で悪辣な偽りの教義を信じさせられてしまっている、という事態も起こり得ます。
 ですから、秘密教義の存在は、その教団の「危険性」の一つの徴表と言えます。
 一方、 般若宗は
−−≪全面公開教義制≫−−を採用しています。詳しくは、般若宗の特長その4を御覧下さい。
 般若宗は秘密教義を持たないので、後で、「話が違う」というような「信者を騙す」ようなことが一切ありません。また、全部を公開しているので、他宗教・他宗派からの異論・反論などとのやりとりが自由です。ですから、「信者を特定の情報だけで洗脳する」ということが一切ありません。
 この点の 「安心・安全が確保されていること」 は、宗教を学習するにあたっては、とても大切なことです。

4.洗脳したり、教団に都合の良いことだけ信者に与えるような情報操作をしないこと

 「事実がありのままに、正確に伝えられること」−−−これ無しでは、正しい判断はできません。しかし、多くの宗教教団は、自分の教団に都合の悪い事実は隠蔽しようとしたがるものです。その結果、「事実を歪曲して、信者に伝え、信者を洗脳する」というようなことになってしまいます。
 事実と違う情報が自分の所属する(或いは入信しようとしている)教団から発せられている場合には、要注意です。

 その点、般若宗は、叡智のヨーガを基本にしているために、
何かを信じ込ませようとすることが一切ありません。従って、様々な「良い情報や悪い情報」をありのまま、信徒の前に公開します。その中から、取捨選択し、特定の見解を形成するのは、信徒一人一人の自己責任ということになります。そこにこそ、叡智のヨーガの実践があるからです。
 つまり、般若宗は、信徒を子供扱いしないで、
責任ある大人に対するように、相対します。よって、情報の捏造は一切しません。

5.金儲け主義を断固否定して、過剰な寄付を一切強要しない

 色々な名目で、信徒たちからお金を巻き上げる−−−そういう宗教教団は多いです。中には、「全財産を寄付すれば救われる」と言って、「救い」をエサにして、信徒の全財産を奪い取るような 「邪悪な教団」 もあります。
 しかし、真の救いは、寄付金の多い少ないで決まるものでは断じてありません。騙されてはいけません。また、高額の戒名を付ければ、救われるというようなこともありません。
 或る宗教教団が良い教団であるならば−−−そのサポーターになって、金銭的に多少でもその教団の宗教活動を支援する−−−こうした事は、良いことです。善行として功徳を積む行為と言えます。その意味で、寄付それ自体が悪いわけではない、と言えます。
 問題なのは、その人の生活力に見合わない、「過剰な寄付」 をさせられることです。悪い教団は、多額の寄付をしないとマズイような雰囲気にして、信者を追い込んで行きます。

 一方、般若宗は、過剰な寄付は一切お断りします。高額な寄付があった場合には、寄付者の収入などを確認させて頂きます。高額所得者の余剰金が般若宗のために寄付されるのならば、それは大いなる功徳になりますが、余剰でない場合、寄付者の生活が圧迫されるようなケースでは、寄付を受け取ることはいたしません。
 般若宗は、会員制度を採用しています。一人につき、毎月200円の会費を支払うことだけが、信徒の金銭的な負担です。それ以上の寄付金については、「支払え」とは決して言いません。所定の会費以外は、一切支払う必要はありません。
(ただし、上記のような、過剰ではない適度な金額の、自発的な寄付金については、それまでも断固拒否するということは致しません。それは、有り難く、受領させて頂き、「空の奥義」の普及活動のために活用させて頂きます。このような金銭的支援をすることは、寄付する人にとっても、大いなる功徳を積む機会になるからです。))

 なお、キリスト教の教団などでは、「収入の十分の一」を寄付する義務を強要する教会も有ります。そのように、「十分の一献金」を強要することは−−−「それを守って献金する人は信仰のあつい人、それをしない人は信仰の無い人」−−−のようなレッテル貼りに使われることになり、結局、その教会の信徒でいるためには、嫌々でも十分の一献金を払わざるをえない、という状況に信徒を追い込むことになります。このように−−−≪イヤイヤ、半強制的に支払わせられる献金に、何の意味があるのでしょうか?≫−−−
 真の「十分の一献金」は、神様への感謝の心に満ち満ちた状態で、あくまでも、自発的になされるものでなければ、いけません。
 そうでなければ、「功徳を積むこと」にならないのです。半強制的に徴収されているのなら、「強奪されている」のに近い状況でしかないからです。
 以上の通り、般若宗は「十分の一献金」を否定しませんが、それが正しく運用されるためには、信徒の自発性が重んじられ、自発性が制度的に守られる必要が有りますので、教団としては十分の一献金は義務ではないし、払う必要はない、というスタンスを取ることが必要であり、その上で、自発的に金銭的功徳を積みたい人は、「献金者がそれを他の信徒に自分は支払ったと自慢しないように、献金したことを他者に口外しないこと」−−−が必要になります。
 「真の十分の一献金」はひそやかに実践されるべき性質のものだからです。
 このことをしっかり守ることを約束する人であれば、その人からの「十分の一献金」については、般若宗としては、これを拒絶する理由はありませんし、喜んで、感謝して受領させて頂きます。
 しかし−−−−般若宗は、「十分の一献金」を会員に支払うようにとは決して言いませんし、これを強要したり、支払わなければならないような雰囲気を作り出そうとすることは断じてありません。誤解のないように、お願い致します。

         〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 以上の5つの原則が守られていれば、その教団は、
かなり安全と言えるでしょう。
 しかし、加えて、次の
 ≪3つの原則≫ を守るならば、安全性はますます高まり、とても安全な宗教になります。

6.特定の人物を無条件に崇め奉ることをしない
7.特定の聖典を無条件に信じ込むことを絶対にしない
8.どの宗教・宗派・教団との「かけ持ち」も、問題なくOKする

 この三つの原則は、≪叡智のヨーガの実践者≫ だけが、本当に実践することができる原則です。
 6 と 7 の二つの原則だけを見ると、無神論者の立場のように感じるでしょう。しかし、叡智のヨーガは、目に見える特定対象をお手軽に崇め奉るような≪安易な道≫ではなく、
もっと高度で精妙な道であり、勿論、無神論とも違います。
 叡智のヨーガは、理性と洞察力を全開にして思索し、集中して行くヨーガなので、
一切のまやかしや、ゴマカシを嫌います。
 
そして、偶像礼拝も嫌いますから、特定の対象を限定的に礼拝することはしません。だからこそ、騙される確率が最も低い、安全な宗教実践法であると言えるのです。
 聖典についても、それがどんなに権威あるものであっても、無条件に信じ込むことをしません。そんなことをしなくても、叡智のヨーガ行者の
信仰はびくともしないからです。無条件に聖典を信じ込むと、そこで思考が停止してしまい、無批判のままの状態になり、進歩がとまってしまいます。
 叡知のヨーガ行者は、自由に聖典を研究したり批判したりすることができるので、
聖典の本当の意図を正しく汲み取ることが可能になります。


9.≪「信者の獲得」 を主要な目的にしないこと≫ 
   ≪真理の普及 (無料または廉価での 真理の提供)≫ こそを
     主要な第一の目的にする  (教団への帰属を条件にしない)
    これが本当に安全な宗教です。     般若宗はこの原則を掲げます。

 
 普通の宗教教団においては、信者の獲得こそが(上辺では他の理由を付けても)結局は、主要な目的であり、第一ランクの目的になっています。つまり、≪自分のセクトに人々を引っ張りこむこと≫−−こそが彼らの目的です。
 しかし、般若宗では、般若心経の解説を無料で公開し、真理をできる限り、皆様に無料または廉価で提供し、コンテンツの主要な教えは、人々を既存のセクトから脱却させ、より広大な視野へと導くことです。
 ですから、般若宗では、信者の獲得は、主要な目的ではありません。般若宗という一つのセクトに人々を引っ張りこむことが目的ではないのです。人々が、物質的な思考パターンに毒された『悪い見方・転倒した見方』から解放され、より霊的な思考パターンを会得てきるように、人々を導き、そうして、あらゆる枠組みを超越して行くことを教えます。
 ですから、般若宗は、信者集め制度ではなく、サポーター会員制度を採用し、信じる・信じないは別として、般若宗の活動に共鳴して下さる方々が、サポーターとして年会費を支払って下さればよいだけで、これすらも義務ではないわけです。
 ですから、他の宗教教団に属しながら、サポーターになっていただくこともできますし、「あなたの属する宗教教団から脱会しなさい」と指示することも一切ありません。

 般若宗は、空王寺の無料サイトで、霊的な恩恵を沢山の人々に与え続けます。その恩恵を無料で受けた人々が、報恩の心で、「サポーターになって、会費分だけでも恩返しをさせて下さい」 と言って戴けるならば、こんなにうれしいことはありません。このような方々の心は神が主導しておられるので、神に感謝し、そしてサポーターの皆様にも感謝するばかりです。

 たとえば、
「念仏を真剣に唱えれば救われる」 −−これは真理ですから、どの教団に属する必要も、本来は一切ないのです。
 
「神の御名を心から呼び求めれば救われる」 −−これは真理ですから、どこかの教団が教えるように 「我が教団に属さなければ決してあなたは救われない」  そんなことは、本来一切ないはずなのです。
 こうした「本物の真理」を大きく掲げると、大変なことになります。なぜなら、すべての宗教教団は、自分の教団に信者たちをとどめておくための≪絶対的な根拠≫を失ってしまうからです。(みんな、教団から離れて行っても自由  という事になってしまいます。)
 しかし、そうした「教団にとっての不利益」があったとしても、「本物の真理」は高く掲げられるべきです。
 そこで、この真理を真っ正面から受け止め、これを高く掲げるのが般若宗です。

 本当は、この第九番目の原則こそ、真の宗教教団ならば、どこでも実践すべき原則なのですが、これを本当に実践できる団体は、世界でも希有です。その希有な団体が般若宗なのです。
 
その意味で、般若宗の安全性は、世界最高ランクの「トリプルA」 だと言えます。

10.国の法律を誠実に遵守する原則を堅く守る。

危険なカルト系統の宗教教団は、国家の憲法や法律よりも、自分の教団の教義の方が「上位の規範だ」という主張をします。
そうして、法令違反を罪と考えない思考パターンが形成されます。
しかし、般若宗は、憲法や法律を 神に制定権限をゆだねられた人々が制定したものであり、その中には、「世俗諦」という真理命題も多分にに含まれている、と解釈します。従って、国家の法(ダルマ)の遵守も、般若宗の教義の一部です。
 ですから、世間の常識から逸脱することはありませんし、法令違反をすることを厳に禁じています。
 その意味でも、般若宗はカルト化しない、安全な宗派だと言えます。

11.危険度チェックの十四項目をきれいにクリアーしていること

////尾形薫さんが作成した「宗教思想危険度チェック・シート」を使わせて戴きました(彼のHPはこちら)////
     実在のカリスマ的指導者が中心にいて、メンバーは無条件に心酔している。
           ⇒ いいえ、般若宗は、各人が自分の「真我のみを礼拝すること」を基本技法にしています。
               グル礼拝は、真我瞑想の結果、本物のグルだと識別できたグルに対し、真我瞑想よりも
               「特定対象礼拝を優先したい」と思う人だけがやれば良いと教えます。従って、
               他者礼拝を第一に教えることはありません。(これをすると偶像礼拝に堕す危険大です)
新しいメンバーの獲得に余念がない。
    ⇒いいえ、般若宗は、信者の獲得を主要目的にしていません。
金儲けにのめり込んでいる。
     ⇒いいえ、般若宗は、信者に過剰なお金を出させるシステムを取っていません。
質問したり、疑問を持ったり、反対意見を唱えることは認められず、 罰せられるケースさえある。
      ⇒ いいえ、般若宗は、真理・真相を求める「健全な懐疑精神」を奨励しています。
瞑想や詠唱、体力を消耗させる労働など、精神を麻痺させるテクニックを用いて 疑いの心を持てないように仕組んでいる。
         ⇒ いいえ、般若宗は、叡智のヨーガ技法ですから、ありのままに見る正見行が基本です。 
指導者がメンバーの考え方や行動、感情を細部に至るまで支配している。
          ⇒ いいえ、般若宗は、各人が自分の真我の声にのみ忠実であるように教えます。
エリート主義的な発想に立ち、集団とそのメンバーと指導者は特別な高い地位に あると主張している。
         ⇒ いいえ、般若宗は、本覚思想を標榜するので、「悉有仏性」精神で万物を大切にします。
自分たちは善、外部者は悪という「二分法」的な考え方に立ち、一般社会との 軋轢を生み出している。
         ⇒ いいえ、般若宗は、「罪悪の発生原理」を明らかにし、各人の転倒した見方、根本錯誤
          の修正を教義にしています。 聖者以外は皆、根本錯誤を犯していると教えます。
主流の宗教の聖職者などとは違って、その宗教教団の指導者は、世のいかなる権威に対しても 従う意思が全然ない。
         ⇒ いいえ、般若宗は、世の権威を全能の神がお立てになったものと考え、それに従うように教えます。
             空王寺のトップも運営者も当然、世の権威に従うのを基本にします。 
          ただし、たとえば北朝鮮の金正日政権の拉致事件のように、神の法(ダルマ)を
               世俗の権力が破って悪を行え、と命ずる時には、「それを拒否する自由」を認めます。
倫理に反すると考えられるようなこと(不正な目的の募金活動など)でも、 目的のためなら正当化されると教える、または、ほのめかす。
          ⇒ いいえ、般若宗は、「クリーン・ハンドの原則」を掲げています。正しいことは、正しい手、
        正しい手続きプロセスを経て、目的達成されるべきである、という信条です。それこそが、
            神のダルマだからです。
 
メンバーの罪悪感をあおって、支配力を強めている。
         ⇒いいえ、般若宗は、教団への忠誠とか帰依を掲げていません。自発的なサポーター制度
                を導入しています。その時にこそ、真の「自発的な善を求める集団」となるからです。 
メンバーは集団に従属させられ、家族や友人との絆は断たれ、それ以前の 個人的な関心事も忘れてしまう。
            ⇒ いいえ、般若宗は、「教団への囲い込み」をしないと宣言しています。
メンバーは当然の義務として、集団の活動に法外なまでの時間を費やすことを 求められる。
          ⇒ いいえ、般若宗は、「囲い込み」をしないので、                                
             般若宗への奉仕だけが尊い、とは教えません。家族・家庭への奉仕が上位であり、
          団体への奉仕は、下位のランクとしています。大切なのは、家族・地域社会・国家・世界
               への奉仕です。
同じ集団のメンバーとの共同生活や、メンバーのみとの交流が奨励される、 あるいは、義務づけられている。
         ⇒ 同じ信仰を持つ者同志の交流は奨励されて当然です。しかし、義務ではありません。
         各人各様の状況を大切にして、その中で、正しい叡智のヨーガの実践ができれば、
             それで宜しい、と教えます。 修行は「焦らず確実に」やるべきで、むやみに急ぐべき
           ものではありません。ここでも、「正しい中道精神を保つこと」 を教えます。
         
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
以上のことから、般若宗が、とても安全な新仏教宗派であることが、おわかり戴けたと思います。
更に、般若宗では−−−−
12.≪安全な交流契約≫ 制度  を導入しています。
     
般若宗のサポーターになって戴いた方々や、スポンサーや献金者の方々に対して、
     法律の完全遵守と、安全な組織運営を約束致します。もしも、この約束を破った場合には、
     過去、三年間に渡って、サポーター会員代金やスポンサー代金の返還に応じることを約束し、
     あわせて、過去三年前から、その方々と般若宗とは関係がなかったことに致します。
     これによって、カルト宗教の忌まわしいゴタゴタに巻き込まれる心配がないように、二重・三重にも、
     皆様の安心を確保したいと思っております。







←←前ページに行く          次ページに行く→→ 

このページの最終更新日 2006/4/2

著作権について

このサイト上に公開している文章の著作権は、引用した箇所を除けば、すべてが著者である碧海龍雨長老に帰属します。般若宗空王寺が公開しているこの公式ホームページの文章を≪ウェッブ上で転載する≫際には、碧海龍雨長老や空王寺に一々連絡する必要はありませんが、碧海龍雨長老の名前を必ず掲載してhttp://www.hannya.net/ で始まる転載元のweb ページのURLにリンクを必ず貼ってください。
 このサイトの文章の一部を引用する場合も、これに準じ、同様にして下さい。
 特に、宗教教団などが、碧海龍雨長老が提唱する仏教解釈について、無断で盗用(剽窃)して、あたかも自分たちが初めて主張することのようにして人々に教えるようなことは決してしないで下さい。そのようなことが発見されましたら、著作権に関する裁判訴訟を速やかに起こして権利を争ううことになりますが、盗用(剽窃)した方々に勝ち目はありませんので、やがて必ず敗訴して、ご自分の教団の恥を公にさらすことになりますから、くれぐれも、碧海龍雨説の主張・解釈を自説のごとく主張して盗用(剽窃)するという誘惑に負けることのないように、ご忠告申し上げます。
 なお、オフラインで般若宗の著作物について転載・引用する場合も、オンラインのケースに準じて、このサイトのURLを表記して、碧海龍雨長老の名前を記載して下さい。これがないものについては、転載・引用を認めませんので、ご注意下さい。
   ■ ■ ■ ■  Copyright (c) 2003〜 Aomi Ryu All Rights Reserved
 ■ ■ ■ ■