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般若宗 総本山 空王寺

般若宗の創設者 碧海龍雨 プロフィール

▼ 碧海龍雨(あおみ りゅう) のプロフィール

※注意 ≫≫−−−− 私、碧海龍雨は、自分を インドの諸聖者よりも上だ、とは決して申しません。何故なら、シュリ・チンモイという大聖者から間近に教えを受け、真の聖者の人間を超えた「すさまじさ」については骨身にしみているからです。ゆえに、私は、諸聖者に対しては、熱心な帰依者 というスタンスを一生涯、堅持します。
 ですから、般若宗は仏教宗派ではありますが、宗祖としての私は、丁度、キリスト教における、『神父や牧師のような位置にある』 とご理解下さい。ルターが、プロテスタント運動を起こしたのと、同じようなことだとご理解下されば宜しいかと思います。
 私の霊的レベルについては、当ホームページを御覧の通り、『叡智のヨーガの日本第一人者』または『無自性瞑想法の世界的な第一人者』という位置付けで理解して戴いても結構ではないか、と思っております。
 或いは、トップクラスのカトリック枢機卿レベル、或いは、若き日のヴィヴェーカーナンダのレベル、或いは、
若き日の空海や道元のレベル等々と、お考え戴いても、それほど大過ないのではないか、と考えます。
あとは、碧海龍雨の著作物や対話活動等々をよく調査なさって、ご判断戴ければ宜しいかと思います。
 ●老師と呼ばれるにはまだ若いので(笑)、どうか、「龍雨長老」 とお呼び下さい。キリスト教のエルダー的意味で。〕

▼ 般若宗が掲げる ≪ベースキャンプ理論≫

  般若宗が聖者と認定している〜〜〜シュリ・チンモイやシュリ・サティア・サイババやシュリ・ラーマクリシュナの教団や、ラマナ・マハリシ・アシュラムや、シュリ・オーロビンド・アシュラム〜〜〜など との相互関係について最初にはっきりさせておきます。
 聖者の多くは、バクティー・ヨーガの技法を中心にします。つまり、ご自分を神の化身として礼拝するように、と教え、その霊的なつながりの中で指導をして行きます。
 一方、般若宗は『ジュニャーナ(ギャーナ)・ヨーガ(叡智のヨーガ)』の技法をメインにしていますから、特定の誰かだけを礼拝する瞑想技法は、基本的にはお勧めしません。ただし、二次的用法として各人の好みに応じてそれをすることは禁じません。
 この点に関しては、「般若宗のベースキャンプ理論」を御覧下さい。
 

≪般若宗の基本スタンスは、仏教の『自灯明の教え』です≫

『自灯明の教え』の内容は次の通りです。
長阿含経に書かれています。
   『自らを嶋 (=中州 ←インドの雨期の洪水の時にも水に浸されないで地上に出ている土の部分)
    とし、自らを頼りとし、他人を頼りにせず、ダルマ(真理)を頼りとし、真理を拠り所にして、他のものを拠り所とせずにあれ。』

  これが『真の自己』のみを頼りにする、≪最も安全な道≫です。

  『嶋(dvipa 梵語)』  を  『灯明(dipa パーリ語)』  と誤解したため、「自灯明」 と訳されたわけですが、本当は、「自嶋 法嶋 の教え」または「自州 法州 の教え」 だったわけです。

こうした『真の自己(真我)』だけを拠り所として瞑想して行く技法−−−これが叡智のヨーガです。
『真の自己』は、貴方が煩悩の洪水の氾濫で流されている際にも、それに流されることなく、そこにあります。
あなたは、「真我」を上から肉欲・煩悩で「踏みにじる」ことはできますが、真我を抹殺することはできません。

1.叡智のヨーガは、他者に頼らない道です。自分だけを信じて行く道です。他者に頼れば間違いも起こります。信じたグルがインチキな詐欺師的なグルである場合もあるでしょう。 このように、≪他者を頼らないで、奥深い自分にだけ頼る≫ という安全なスタンスを取りたい人は、般若宗で学ぶことをお勧めします。

2.叡智のヨーガの技法上から言って、般若宗の創設者(碧海龍雨長老)を偶像的に礼拝することは厳禁です。
3. バクティー・ヨーガをメインで行じたい人は、どうぞ、グルに頼る道を進んで下さい。つまり、般若宗よりも聖者直系の教団に行くことを−−−すなわち、シュリ・チンモイ・センターやシュリ・サティア・サイババ・センターやラーマクリシュナ・ミッションに行くように−−−指導しています。  しかし、そこに行くと、そのグルだけという 『一つのセクトの限定の中』 で信仰生活を送ることになります。
  般若宗としては、他の宗教教団と般若宗との掛け持ちは歓迎しています。
4. 般若宗の信徒としての『囲い込み』は決してしない、というスタンスです。本当に叡智のヨーガを実践したい人だけが集まれば良いというスタンスを堅持します。
 色々な複数の聖者を自由自在に礼拝して行くためには、叡智のヨーガの実践をメインにする必要があります。そして、あくまでも二次的にバクティーをやるようにしなければ、うまく行きません。
 二次的なバクティーについては積極的に推奨する−−−これが般若宗の特徴でもあります。
 広大なインテグラル・ヨーガの実践を推奨する スーパー大乗仏教的なスタンスです。

▼ 碧海龍雨(あおみ りゅう) のプロフィール

  東京生まれ、東京在住。44歳。現在まで独身。学習院大学法学部法律学科卒業。会社勤務の在家の普通人。キリスト教系のミッションスクールでの中学校・高校生活を送りました。そこで、神父さんや修道士さんの生活を身近に観察して、強い疑問と反発を覚え、無神論の立場で、真理を追求するスタンスを取りました。中学・高校時代には、フランスの作家で哲学者であるアルベール・カミュに傾倒し、哲学的・文学的な思索をして過ごしました。二十歳を過ぎるまで、強硬な無神論哲学者的スタンスで一貫していました。しかし、真理を深く厳しく探究するうちに無神論それ自体の限界に突き当たり、苦悩します。そして、やがて奇蹟的な霊的体験をして、有神論者に転向することになります。
(↓ 東京電力の「東田 研」のキャラに、かなり、いや多少、似た風貌か、と・・笑)
(東電の、東田 研のアニメのページに行くには画像をクリックして下さい。)


 どのような霊的体験をしたかについては、公表することをやめました。一部の人々から『強い嫉妬や反発』を受けたからです。
 一般に、霊性修行においては、霊的体験は自分のグルだけに語るように指導されるものです。
 その理由は、『こんな霊的体験をしちゃった』などという体験談は、低いレベルでは『単なる自慢話』にしかならないので、その修行者に慢心を生じさせ、修行の妨げになるからです。
 しかし、私の場合は、すでに、『般若心経を完全マスター・バイブル』で解説している通り、『無自性の瞑想法』の第一人者でもあり、こうした無自性の瞑想法を実践している限り、慢心が生じる余地が有りません。その意味では、私の場合は、霊的体験を公表することは悪いことではないのですが、それでも、心ない人々は、それをネタにして、多くの悪口を言うでしょう。そういうわけで、霊的体験については公表いたしません。大切なのは、私の語る内容です。

さて、霊的に覚醒し始めた私は、無教会派的な、無所属の、一人で過ごす孤立的なキリスト者として生活し、学業と、聖書の熟読と祈り・瞑想の日々を2〜3年過ごしていました。しかし、やがて独居的なクリスチャンでいることに疑問がわき、信仰の共同体に参加すべく、堕落的ではない教会を探し始め、よく選別して、とある一つの宗派の教会の洗礼(バプテスマ)を受けました。そうして、教会のオルガニストの責任などを果たしながら、奉仕のキリスト者生活を送ります。理想のキリスト者の生活を追求した日々でした。
 しかし、その後、7年程度が経過して、そうしたキリスト者生活にも、修行の限界を感じるようになりました。
「更に、高い瞑想をしたい」 という内的な欲求が高まって仕方がなくなって来たからです。
 
そんな或る時、「ハイアー・メディテーション」(たま出版)というシュリ・チンモイの書物が書店に山積みにされているのを目にしました。そして、その内容に衝撃を受け、「本物の聖者などとういうものが、本当にこの地上に、それも現代に、存在するのだろうか?」という疑問を抱きながらも、色々な角度から検討しても、シュリ・チンモイは本物の聖者らしいぞ、という感触を得たので、早速、日本のシュリ・チンモイ・センターの瞑想講習会に参加して、色々な説明や規則を聞いて、シュリ・チンモイの弟子としての認可を受け、シュリ・チンモイの教える瞑想法を実践し始めました。
(あとで知ったのですが、この「ハイアー・メディテーション」(たま出版)は、シュリ・チンモイの武道館コンサート来日を記念して、弟子たちが御布施をして出版社から出してもらった本で、1500部しか刷っていないもので、その後、再版もなく、絶版になっています。)

 その頃、シュリ・チンモイは日本武道館で無料のピースコンサートをやるために来日しました。私、碧海龍雨もアリーナ席で聴きました。驚いたのは、シュリ・チンモイの演奏のあまりの下手糞さと音質の悪さでした。後に聞いた話では、プロのピーエーさんが音質調整をしたのに、シュリ・チンモイの弟子のピーエー担当の素人が勝手にいじくってしまったために、設定が目茶苦茶になったまま本番を迎えてしまった、ということです。これを聞いて、あのひどい音質の原因を納得しました。シュリ・チンモイの演奏の上手下手以前の問題でした。
 私の席の前方には、歌手の橋幸夫さんが来場していましたが、あまりの音のひどさに辟易したのでしょうか、ものの数十分で退席し、帰ってしまいました。武道館の場内はその針金をギーコギーコするような不快な音にどよめき、次々に席を立ち、帰ってしまう人が続出しました。
 しかし、私は、我慢してじっと耳を傾けていました。すると、霊的な力が強く働いて、体の芯から熱くなって、高い瞑想に入って行く体験をしました。
 シュリ・チンモイは、武道館のステージで、司祭として霊的な瞑想会を主宰して、列席者に霊的な恩寵を与えていたのでした。これは分かる人にだけ分かる、「瞑想修行」に関する霊的な活動でした。

 私は、シュリ・チンモイの熱心な弟子として瞑想の修行を積み重ね、ニューヨークにも行きましたし、何度もシュリ・チンモイと直に会って瞑想の指導を受けました。そうしてやがて日本シュリ・チンモイ・センターのナンパー2的な存在になりました。そのまま、弟子を続けていれば、今頃は、日本シュリ・チンモイ・センターの代表として活動していたことでしょう。(ただ、そうした流れになれば、般若心完全マスター・バイブルは生まれなかったかも知れません。)
 武道館コンサートの後のことです。多額の布施をして日本武道館コンサートを実現するために主導的役割を果たして奔走した一人のお弟子さんが、その功績を認められて日本センターの代表に就任しました。しかし、そうなると、全権委任を受けたという気持ちになったのでしょうか、「代表の命令はグルの命令」というスタンスになり、非常に無茶な命令が数々出されるようになりました。もともと、叡智のヨーガ的スタンスの私は、「代表をグルと思え」という形に承服できず、何度からクレームを申しました。それでも、新プロジェクトとして、日本で瞑想の月刊誌を発行する責任を負うようになった私は、仕事との両立を何とか模索しました。しかし、悪霊軍団の力も強く働いたのでしょう、会社も多忙を極めるようになり、月刊誌創刊の期限をめぐって、「それでは無茶」「いや無茶でも何でもやらなきゃ駄目」といったやりとりに疲れ、残念ながら、センターを離れる選択をせざるをえませんでした。
(ちなみに、その日本センター代表は、その後、大きな不祥事を起こし、代表を解任されたということで、要を失ったその後の日本センターの代表者はその後一定していないようで、聞くところでは5人以上の人間が持ち回りでリーダーを務めざるをえない、その意味で、「安定的な強い霊性う持つリーダー不在」の不安定な組織となり、求心力を失った少人数のみの弟子たちは、「弟子を辞めないで続ける」という、最低ラインの「保身」で手一杯の、弱い小羊の群れと化してしまい、外界の情報や悪い影響力を全部排除するような、「見ざる、聞かざる、言わざる」状態でなければ立ち行かない心理状態になり、結局、意志決定リーダーを欠いた日本センターの弟子組織は、それゆえに、閉鎖的・内向的な その意味で、常識的ではない、非社会的な、偏見の強い小乗集団と化してしまい、何を聞いても要請しても 「グルに聞かないとわかりません」という 「思考停止の幼児集団」 と化したまま、今日に到っているようです(中年フリーターも多いということです)。
また、シュリ・チンモイ24時間ラン・イベントを神宮外苑で毎年行っていますが、それも情報秘密主義のような形で、ウェブに公開されることなく今日に到っています。
そういうわけで、日本シュリ・チンモイ・センターのホームページも存在しない(※その後事情訂正) のです。

(※ その後、「正しい情報提供のために、日本のシュリ・チンモイ・センターホームページを立ち上げるようにして下さい」という私の要請が実ったのか、2005年5月現在確認したところでは、日本語版ホームページが細々と数ページ分だけウェブ・アップされました。この日本語版では、般若宗の批判に応える形で、シュリ・チンモイ自身は社会的バランスの中で弟子の修行をするように教えていることが、この少ないページの中でも特に強調的に示されています。しかし、それを実践できていないのが、日本のセンターの弟子たちなのでしょう。)

日本シュリ・チンモイ・センターのこうした「体たらく」状態は、フランス・ドイツ・アメリカなどの活発なセンター活動を行っている様子に比較して、神の本望ではありません。神ご自身、こうした「日本人弟子たちの不信仰」には大いなるご不満がおありのことでしょう。まことに、神ならずとも、実に残念この上ないことで、悲しいことだと感じています。)
 私、碧海龍雨は、シュリ・チンモイを愛しているので、弟子への復帰も視野に入れ、また、シュリ・チンモイと再び会うことや、米国のシュリ・チンモイ・センターとの提携 なども視野に入れています。 その意味で、「シュリ・チンモイから離反した元弟子たち」や、「神を悟ったと自称する元弟子たち(彼らはシュリ・チンモイにもう会うことができません。神を悟ったと自称していることを叱られるからです)」 とは、明確に一線を画した立場であることを、ご了解下さい。

 私、碧海龍雨は、シュリ・チンモイの弟子になった時、「これまでのバクティーの弟子たちとは別の系統の弟子だ」という指摘とともに、「やがて美しい花を咲かせる」との予言を受けていました。
 つまり、前世から、私は「バクティー・ヨーガ系統ではなく、叡智のヨーガ系統の修行を積んでいた」ということをシュリ・チンモイが指摘して下さったのであり、同時に、「美しい花」とは、叡智のヨーガによる般若宗の創設と、『般若心経完全マスター・バイブル』による日本仏教の改革のことを指していたのだと解釈できます。

 その後、シュリ・チンモイのセンターに通う弟子ではなくなりましたが、「いまだ内的な弟子」としての自覚を持って、私はその後も者シュリ・チンモイ直伝の霊性修行を続けました。つまり、心の中では、弟子であることをやめたことは一度もありませんでした。

 ところで、シュリ・チンモイ・センターでの一つの出会いとして、同じ弟子の中に、前世がチベットのラマ僧侶であった、という「S氏」と知り合いになり、懇意になり、彼の方が年上だったこともあり、兄弟子から教えを受けるようにして、多くの霊的対話をしていました。彼には前世の記憶がかなり鮮明に残っているということで、チベット仏教を今生で更に深めることが目標のようでした。
 当時わたしは、シュリ・チンモイのすごさを知りつつも、キリスト教信徒としてのイエズスへの愛が深い状態で、仏教よりもキリスト教の方がすぐれているという観念を持っていたように思います。
 『キリストのヨーガ』という本がありますが、これはタイトルとは違い、チベット仏教の対話による叡智のヨーガでの意識の変容(トランスフォーメーション)の話です。
 この話と同様に、わたしはある時、初めて、S氏との霊的対話によるトランスフォーメーションを体験させてもらいました。それにより、わたしは、単なるキリスト教信徒から、仏教・密教の「大曼陀羅観』の霊的ヴィジョン保持者へと一気にバージョン・アップしたのです。
 S氏は、「キリスト教が大学レベルだとすれば、仏教は大学院のレベルだ」 と常々言っていて、わたしはそれに反発していたのですが、この時以来、わたしは仏教の真髄を理解し、彼の主張に首肯するようになりました。

(S氏は、わたしと同時期にシュリ・チンモイの弟子を辞め、その後、チベット仏教の研鑽の道を行き、チベットのゾクチェンの法燈を継ぐ、イタリア在住のナムカイ・ノルブ師の弟子となり、ノルブ師の日本人一番弟子の位置にいます。英語も堪能です。ゾクチェンの道と、ナムカイ・ノルブ師をたどれば、S氏と出会うこともできるでしょう。)

 今でもわたしとS氏は懇意の間柄です。
 このように、S氏のおかげで、わたしはチベットのゾクチェン的な奥義にも触れ、超宗教的な「一大曼陀羅観」に目覚めたものの、実際の生活では色々な困難に遭遇しました。
 そうして、求道の精神に燃える私も、気弱になり、「もう霊性修行はうやめようか」 と思わずにはいれらないような状態に陥ってしまった時のことです。
 当時、シュリ・チンモイ・センターの「かわり」に、「シュリ・サティア・サイババ・センター」に行って、宗教歌(バジャン)を捧げ、瞑想するようにしていたのですが、失意のどん底となるような事態の時に、枕元に、シュリ・サティア・サイババが光輝く霊体で出現して下さり、「瞑想修行を続けるように」という強い促しを受けました。
 私は、(それまでも本物だろうという感触を得ていましたが)このような芸当ができるシュリ・サティア・サイババを、疑う余地のない本物の大聖者だとこの時に不動の確信を抱くことができました。そして、再び、厳しい霊性修行に身を投じて行きました。

 それから、4〜5年間、主に、仏教・密教関係の書物に目を通しながら、それらに精通して行きました。既に、大曼陀羅観に目覚めていましたから、それらの書物は、わたしには全く難解だとは感じませんでしたし、間違いの部分も簡単にわかるようになっていました。

 以上のような経過をたどって、私は、クリスチャンとして長い間の研鑽を積み、その上に高い瞑想を追求して、現代の大聖者のもとに弟子入りして更に研鑽を積み、多くのヒンドゥーの諸聖者にも精通し、ゾクチェン的な奥義にも触れ、そうして遂に、仏教の奥義を分かりやすく万人に解説するレベルにまて達しました。
 そうして、神からの継続的な強い促しを受けて(−−というのも、わたしは立宗は辞退させてほしいと願っていたからです−−)、ある時、「もう拒むことはできない」と思い到り、この般若宗を立教するに到りました。
 般若宗は、宗教のあらゆるセクトを超越した本当の「空の認識」による「宗教の世界平和」のために「空のダルマ」を普及させて行くという目的のために、神様の御手によって設立されたものです。
 将来的には、「世界宗教者会議」の中でも、『般若心経完全マスター・バイブル』が取り上げられ、セクトを超えた宗教思考法が確実に世界中に広まって行き、そうして、宗教的な教義の争いが、終息して行くことでしょう。

 −−−以上のように、私、碧海龍雨の瞑想法は二人の現代の大聖者からの内的な「直伝のもの」である上に、元チベット高僧で現在日本人ゾクチェンの第一人者からの「直伝のもの」でもあるので、
般若宗が教える ≪叡智のヨーガや般若ヨーガ≫ は、正真正銘、本物だと言えます。

 よく、「般若宗はトンデモだ」 と批判して自分の知識を自慢する知ったかぶりの人々がいますが、このような人々は、まことに、自身の愚かさを露呈しているに過ぎないと言えましょう。

(わたしのことを、麻原などのインチキ・グルと混同しないで下さい。上にも書きましたが、「バクティー・ヨーガ=特定対象礼拝」をメインでやりたい人には、現存する真の聖者のもとにどんどん行って、弟子になるようにと、申しております。聖者の弟子たちをこちらに取り込もうという意思は全くありません。わたしは、単に、叡智のヨーガの瞑想法の普及に尽力しているだけです。)

 般若宗が明らかにした『般若ヨーガ』は、皆様の意識を 確実に正しく変容させる、地上で最も高度で強烈な瞑想技法です。
 本当に霊的な修行や瞑想修行をしたい人は、是非、般若宗の会員になって、般若宗のサポーターとして応援をして下さりながら、シンプルにして深遠な、最高度の仏教理論を学習し、瞑想の実践をして、今生を実り多き人生にして下さい。



〔趣味〕−−音楽。ジャンルはなんでも良い。しかし、クラシックは特に好き。ピアノをこよなく愛する。もしも時間があるならば、たっぷり練習をして、バッハやショパンやモーツァルトの鍵盤音楽の全曲CD録音をして残したいという(今生では無理かもしれない)壮大な夢を抱いている。最も尊敬するピアニストは、(ヒアノの王様、神に愛されたピアニストと言われる)アルトゥール・ルービンシュタイン。
 高校の時はジャズのレパートリーが多いブラスバンド部でトランペットをやる。サドメルのチャイルド・イズ・ボーンのトランペットソロはおはこ。ただし、好きなのは、ジャズの帝王、マイルス・デイビス。それから、求道者のようなソプラノサックスのスティーブ・レイシーも好き。いえ、結局、クリエイティブなジャズをする人ならば、マイナーな人でも、フリージャズであっても、どのプレイヤーも好き。
 とはいえ、 ジャズに傾倒し、マイルスに強く傾倒したのは若い時のことです。その後、霊性修行が進み、霊的な感覚が鋭くなると、悪い波動が含まれる演奏には馴染まなくなって行き、昨今はもっぱら、信仰深い音楽ばかりです。
バッハのゴールドベルグ変奏曲は、頭の中で、しょっちゅう、鳴っています。CD録音するなら、最初の録音はこのゴールドベルグ変奏曲にしたい、と考えています。
スポーツでは、ジョギング、テニス、野球が好き。野球は両手投げでスイッチヒッター。左右の片方だけを使うスポーツは背骨がゆがむので、瞑想の修行上はよくないという考えの持ち主。 太極拳や西野流呼吸法も好き。






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このページの最終更新日 2007/1/21

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